ダイヤダイヤ・*:..。生きる伝説 吉田拓郎の歌を聴こう。..:*・ダイヤダイヤ

2007年12月27日

原監督が見た上原

オリンピックアジア予選が終わり選手のユニフォーム姿ともしばらくお別れ。
その淋しさをシーズン中の記事や写真で紛らわしています。
今日は久々に原監督のサイトで、Tatsunori Storyを読みました。
監督の視点で語る試合や選手は、私の感じたものと少し違って興味深かったです。

2007.5.10 圧倒的な存在感
日本球界史上初の5000勝達成は、ストッパーとして1軍に戻ってきた上原が、初セーブで締めくりました。伝統あるチームの大きな節目の試合です。しかも相手は昨年の覇者であり、今季の優勝候補の最大のライバルでもあるドラゴンズです。

この試合、つくづく感じたことがありました。ストッパーを務める上原の圧倒的な存在感の大きさです。今更、投手としての能力を説明する必要もないでしょうが、チームに与える影響は、私の想像を大きく上回っていました。

2007.5.30 救世主の3発
延長戦になり、上原が決勝ホームランを打たれての敗戦です。上原が打たれたという事実は、さほど気にしていません。彼に関して言えば「上原だって打たれることはある」という一言で片付けらます。

2007.7.17 耐える時
この試合で勝つチャンスがあったのは、豊田がピンチを招いた時点で上原をマウンドに送り込むことでした。上原が他球団のストッパーと圧倒的に秀でているところは、長い イニング が投げられるという点です。延長戦で2イニング投げたように、8回途中から投げていても、9回を抑えることができたでしょう。しかし、です。抑える確率が高くても、失敗したときのリスクは大きくなります。 途中交代し、黒星が付く豊田とともに、決勝打を浴びた上原にもショックが残ります。今のチーム状況を考えれば、この2人を殺してしまうことだけは絶対に避けなければいけないことだと考えたからです。

2007.8.15 痛恨のミス
9回から登板した上原が1失点しました。この時、バッテリーは2度の配球ミスを犯しました。

2007.9.8 首位決戦
改めて上原の存在の大きさを痛感しました。延長戦に入った時点で、私は上原に「同点ならば、3イニング投げることができるか?」と聞きにいきました。彼の答えはOKです。そこで延長10回表で最後の打者になった李の打順へ上原を当てはめました。もちろん、3イニング投げる可能性を考えたからです。後から考えてみれば、あの打順に上原がいたからこそ、中日ベンチは満塁策を取り、代打・坂本が実現したのです。坂本が待つ運も、上原の存在があったからなのです。

2007.9.12 「悔しい3連敗」
2失点した3戦目が終わった後、私は上原にメールを送りました。大まかに言うと、今までたまっている監督賞を、今度の神宮で渡すから、今後も頑張ってほしい、というものです。上原からは「監督賞をもらうような活躍をしていません。活躍したときにください」という返信がありました。上原らしい返答だったと思います。短い文でしたが、悔しさと次回の登板への闘志が、あふれ出ていました。勇気づけるためにメールしたのですが、逆に勇気づけられた思いでいっぱいになりました。

2007.12.5 「日本の誇り」
上原は臨時ストッパーとして、今季は優勝に貢献しました。同じベンチの中からストッパーの上原を見るのと、テレビの前で見るのでは、ずいぶん違った気持ちでした。

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posted by pinknokonpeito at 23:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | 背番号19
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