ダイヤダイヤ・*:..。生きる伝説 吉田拓郎の歌を聴こう。..:*・ダイヤダイヤ

2007年11月30日

上原「北京への思い」



上原「韓国台湾強い」…五輪予選あと5日「北京への思い」激白
 ―チームの雰囲気は。
「とてもいいですよ。いいですけど、それが『なあなあ』の雰囲気にならないようにしないと」

 ―そういう部分が見えているのか。
「うん、あるね。大会が近づけば勝手に締まってくると思うけどね」

 ―星野監督のイメージは。
「まだ特に何も言われてないから。僕らのイメージでは怖いという感じだけど、今のところは笑顔しかない。監督がどこで引き締めてくるかでしょうね」

 ―今回は投手キャプテンを任された。
「何も意識していないですよ。『自分は関係ない』じゃなく、みんながいい雰囲気で輪の中に入ってこられるようにすることだけ考えている」

 ―プロ入りしてからは初めてリリーフとして臨む大会になる。
「シーズンでやっているから、特別な思いはない。国際大会では後ろで投げたことがないから、どうなるかは自分でも想像できない」

 ―抑えとしてのこだわりは?
「全然ないですね。言われたところでやるのが短期決戦だと思っているし。もし先発じゃないと嫌ですっていうヤツがいたなら、戦い方を知らないと思う」

 ―宮崎合宿中の選手ミーティングではどんな話をしたのか。
「やっぱり日の丸の重みでしょう。勝たなくちゃいけないという試合だから、それがプレッシャーになるのかは分からないけど、そういう試合だということだけは忘れたらいけない。僕自身、プロに入ってから日の丸を背負う方が重い」

 ―2012年のロンドン五輪では野球が競技種目から除外された。
「北京五輪が最後って言われるのがすごい寂しいし、言われないようにしないといけない。もう一度、五輪競技に復活するように、力を合わせて盛り上げていかないといけないと思う」

 ―野球界の北京へかかる期待は大きい。
「僕自身、オリンピックはアマチュアの大会だと思っていたから。それを目標にしてきた方もたくさんいる。WBCという大会ができたわけだから、正直、五輪はアマチュア選手で戦ってもいいんじゃないかなという気持ちはある」

 ―その意味でもプロとして臨む責任は重い。
「勝って当たり前と言われるけど、実際、前回は負けている(04年アテネ五輪銅メダル)。勝って当たり前じゃなく、勝つチームが強い。だから今は金メダルどうこうという気持ちは全くない。まずはアジア予選の3試合ですよね。予選で1チームしか五輪に出られないのは正直きつい」

 ―ライバルの台湾、韓国のイメージは?
「ビデオを見たけど、まだ何とも言えない。直前にもう1回ビデオを見るけど、韓国が強いのは確かでしょう。(アジアシリーズでSKが)中日にも勝っているし。日本の野球と台湾、韓国は、もうそんなに差がないと思う。WBCで日本は優勝したけど、韓国には1勝2敗やからね」

 ―いろんなチームから選ばれた代表として戦う中で気をつけることは?
「まず、浮くヤツをつくらないこと。自分がほとんど一番上みたいなもんやからね。実力はみんな持っているんだから、あとはどれだけ気持ちよく試合に臨めるかということ。精神的なところだけ。そこさえうまくいけば、負けるようなチームじゃないと思う」

 ―日本代表として長い間、好成績を残している秘けつは?
「いろんな国の球場で、いろんな選手と対戦できる。そういう楽しさがあったから、ここまでこられたと思う。でも、プロになってからはその楽しさが少し薄れているのも事実かな」

 ―それでもこの成績を残しているのは?
「周りを見たらいい投手がいっぱいいる。すごいなっていう気持ちと、まだ負けたくないっていう気持ちと、両方ある。負けを認めてしまうと、自分の実力もそこで終わってしまうからね。ここにいる選手は全員負けず嫌いですよ」

 ―メンタル面が大事。
「みんな実力的にはそんなに変わらない。たくさんプロがいる中から選ばれたわけだから。じゃあ、どこで差がつくかといえば、気持ちの部分しかない」

 ―なるほど。
「僕はアマチュアの時から日の丸、日本代表というのは夢のまた夢で、自分がその場にいられることがすごくうれしかった。プロになってからは、周りがすごい人たちの集まりで、このチームでなら負ける気がしないと思って、投げるのが楽しかった。でも、年齢が上になればなるほど、楽しさよりも日の丸の重さを感じるようになってきた」

 ―大舞台で力を出すのに一番必要なことは?
「なんだろうな…。いかに自分がシーズン中と同じように自然体で臨めるかだと思う。結局はやっぱり、気持ちの持って行き方でしょうね」

 ◆上原の国際大会成績メモ アマ時代を含め国際試合に21試合登板し、12勝無敗、防御率1.98と大舞台に強い。大体大の97年5月に行われたアジア選手権(台湾)のフィリピン戦に先発でデビュー。同8月のインターコンチネンタル杯(スペイン)でキューバの151連勝を止めて優勝した。プロ入り後も04年のアテネ五輪、昨年3月のWBCなどに登板し、不敗を続けている。リリーフはアマ時代の3試合だけだ。


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posted by pinknokonpeito at 02:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | 背番号19
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