ダイヤダイヤ・*:..。生きる伝説 吉田拓郎の歌を聴こう。..:*・ダイヤダイヤ

2008年11月11日

上原メジャー挑戦へ

年齢からくる衰えを考えるともっと早くメジャーへ行かせてあげたかった。
でもその時は巨人のエースとしてチームの勝利に貢献して出て行って欲しかったので、今季のような故障でチームを離れ中途半端な数字を残す結果に終わったことを考えると胸中は複雑です。

上原、メジャー挑戦を明言 「気持ちぶれなかった」
上原浩治投手(33)は「初志貫徹で大リーグに挑戦する。苦しい時期もあったが、気持ちはぶれなかった」と話した。

巨人の清武英利球団代表はこの日、9日の日本シリーズ前に上原の意向確認を行ったことを明かし「基本的に彼の意向は受け止めた。10年間、耐えて頑張ってくれたことに、ありがとうと言った」と話し、本人の意思を尊重する方針を示した。

 上原はFA資格を満たした4月に「自分にとって海外は夢ではなく、目標。大リーグでやりたい」などと話し、来季の大リーグ挑戦を示唆していた。

上原がオリオールズ日本人選手第1号?
上原獲得へいち早く“名乗り”を上げたのはオリオールズだった。マクフェイル球団社長は「日本には経験豊富なプロフェッショナルがたくさんいる。上原?その通りだ」と語った。

今季のオ軍は4月を勝ち越すなど好スタートを切ったが、中盤以降失速して地区最下位に終わった。マクフェイル社長は「投手陣が崩壊してしまった。ストライクが取れず自滅した」と敗因を分析している。チーム防御率は30球団中29位の5・13で、四球は30球団でもっとも多い687だった。その点、上原は制球力抜群で四球の心配はない。97年の地区優勝を最後に優勝争いすらもできていないチームの抜本的改革へ、上原はうってつけの存在となる。

さらにマクフェイル氏は「今季のタンパ(レイズ)はわれわれのいい手本になっている。岩村はチームの中で大切な役割を果たしていた。今のわれわれに必要なのは経験のあるベテランだ」と語る。オ軍の先発陣は全員20代と経験が浅い。上原なら五輪やWBCなど国際経験豊富で、投手陣のリーダーになれると球団は評価。若い選手が多いチームを引っ張り、レイズの快進撃を支えた岩村と同じ役割を右腕にも期待している。

  人気blogランキング




posted by pinknokonpeito at 08:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | 背番号19

2008年11月10日

西武優勝

低迷していたチームを立て直し、就任1年目で優勝なんてすごいです。
それも主力選手がFAで抜け、若い選手を育ててなのだから価値があります。
6戦の岸くんの中継ぎ・7戦の先発陣の継投は見ていて興奮しました。
巨人を応援している私ですが、今回の日本シリーズは西武に熱い視線を送ってしまいました。。

野球 表彰選手
最高殊勲選手 岸孝之投手(西武)
敢闘選手 ラミレス外野手(巨人)
優秀選手 平尾博嗣内野手、中島裕之内野手(以上西武)鈴木尚広外野手(巨人)

Bクラスから日本一!「選手信じ」渡辺監督9度舞った…日本S第7戦
 喜びをかみしめるように渡辺監督はゆっくりと歓喜の輪の中に歩んでいった。「オレたちが一番だ!」野太い声を張り上げると、選手たちも人さし指を突き上げた。誰の目にも涙はない。昨年5位のどん底から一気に頂点に駆け上がった男たちの顔には、王者らしいほほ笑みがあった。「やれるだけ上げようぜ!」という声に乗って、99番の大きな背中は9度、宙を舞った。

「選手を信じて任せる」シーズン中から貫いた信念は土壇場でも揺るがなかった。1点を追う8回。先頭の片岡が死球で出塁すると、初球から迷いなく二盗を決めた。「あれは本人の判断。普段通りのことをしただけ。『待て』をかけたら勢いは止まっていた」栗山の犠打で三塁へ進むと、今度は中島の三ゴロで本塁へ突入した。「あの回に逆転したいと思っていた」指揮官の思いは平尾の決勝適時打となった。

 新人監督の日本一達成は8人目だが、前年BクラスからのVはプロ野球史上初。43歳、12球団最年少にして唯一の投手出身監督らしいマジックもさえた。王手をかけられた第6戦で3日前に完封勝利を挙げたばかりの岸を2番手に送り込んで逆王手をかけると、この日も先発型の石井一、涌井をつぎ込んだ。昨年の監督就任時、西武を戦力外となった後、ヤクルト時代に野球を教わった楽天・野村監督から「投手出身の監督は野球を知らない」と挑発された。「きちんと言葉で理論を説明できる野村監督と出会って初めて指導者になりたいと意識した」それから10年。恩師も舌を巻く采配で栄光をつかんだ。

 「ミスを責めない」というポリシーは現役時代の経験から生まれた。1989年10月12日、西武球場での近鉄とのダブルヘッダー第1試合。強打者ブライアントに直球勝負で挑み、バックスクリーンへ決勝の特大ホームランを打たれた。「ベンチ裏に森監督がすっ飛んできて『何でフォークを投げなかったんだ!』って怒ってね。その瞬間、俺もキレてグラブを壁に思いっきり投げつけた」。最も抑えられる確率が高いと信じたから真っ向から勝負した。「結果は使った監督の責任。選手には結果を恐れず、自信を持ってプレーさせることが大事なんだ」今もその壁を見て自分に言い聞かせている。

 遠征には必ず文庫本を携えている。戦国武将の本を読み、指導者のあり方を学んでいる。「織田信長は嫌いだね。部下を大事にした武田信玄には一番学ぶことが多いよ」。「人は城、人は石垣、人は堀」選手たちを信じて力を発揮させ、ほんの1年前までは負け犬だった集団をわずか1年で最強の軍団に鍛え上げた。「渡辺西武王国」の黄金時代が今、幕を開けた。

G打線2安打斬り!究極の継投見せた!
究極の継投だった。シーズン中では絶対にあり得ない。西口―石井一―涌井とつないで、星野を挟んで守護神・グラマンへ。巨大戦力を一刀のもとにぶった斬った。

「本当にいい後輩を持ったよ。僕の(シリーズ)6連敗も阻止してくれたしね」。先陣を切ったのは投手陣のリーダー・西口だ。右内転筋の張りのため、10月4日楽天戦以来の実戦マウンド。初回に1点を失い、2回にも坂本に1発を浴びた。自身シリーズは0勝5敗。6連敗なら史上ワースト記録だ。またか…。しかしここからが“快投ショー”の幕開けだった。

 坂本のアーチ後を西口が3人で抑えると、3回から石井一、5回から涌井がそれぞれ2イニングをピシャリ。6日の第5戦で5失点されていた涌井は「前回のKOが悔しかった。それにきのうの岸君を見て、しっかりやらないといけないと思った。凄く刺激を受けた」。前夜は横浜高、西武の先輩であるレッドソックス・松坂からメールが届いた。「絶対に優勝しろ」――。結束。投手陣は1本の強力な矢となって、巨人打線の心臓部を貫いた。

 8回から2回を締めたグラマンは「この時期は生きるか死ぬかの戦い。でも自分が試合を終わらせたなんて信じられません」と“胴上げ投手”に大感激だ。終わってみれば2回のアーチ後、打者24人相手に1人の走者も許さなかった。日本一達成直後は涙を流していた涌井が会見で言った。「(継投は)監督の勘がさえてたんじゃないですか?」。爆笑。力を出し切った男たちの顔はすがすがしかった。

MVP岸舞った「軽いからって高く上げすぎですよ」
流れを完全に変えた6戦目の救援登板。王手をかけられていたことはもちろん、もう1つ負けられない理由があった。「(7戦目の先発が)西口さんと知っていた。西口さんに投げてもらいたかったから頑張りました」細身の体でキレのあるボールを投げこむことから“西口2世”と呼ばれた右腕は、何とか目標の先輩につなぎたかった。

 その西口から試合前に「お前にMVPを取らせるために投げる」と言われていた。西口から石井一、涌井と先発投手がつないでつかんだ勝利。岸のMVPは先発陣みんなでつかんだものだった。

片岡死球から盗塁、三ゴロで同点激走「期待に応えたかった
「あの場面は、動かないとこっちに流れを持ってこれないと思って、思い切って初球から行きました」プレッシャーを集中力でかき消した。「けん制球がくる気もしなかったので、(マウンド上の越智が)動いたら行っちゃおうと思った」背番号7の足が確実に悲願日本一への流れを手繰り寄せた。

 三塁に進んで中島の三ゴロで同点のホームに滑り込んだ。「ギャンブルスタートでしたけどね」片岡の足があってこその得点だ。今シリーズでは5盗塁を決め、それはすべてノーサインだった。「一度も『待て』のサインはなかったし、監督に好きなようにやらせてもらって、期待に応えたかった」。そのために、巨人投手陣を観察し続け、内海がけん制するときは少しだけ前かがみになるクセを見抜き、左腕から実際に3盗塁を決めた。

ひらめき コメント集
続きを読む

  人気blogランキング




posted by pinknokonpeito at 16:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | 野球

2008年11月03日

岩隈文句なしの沢村賞

bbl0811031704002-p5.jpg

岩隈選手、沢村賞受賞おめでとうございます。
くじけず頑張った甲斐がありましたね。


岩隈が沢村賞を初受賞 楽天からは初選出
今季の岩隈は28試合に登板し、1985年の佐藤義則(阪急=現オリックス)以来で23年ぶりの21勝(4敗)をマーク。防御率1・87、勝率8割4分(最優秀投手)のタイトルも獲得した。
 
同賞は先発完投型の本格派投手が対象。選考基準は15勝、防御率2・50、200投球回、10完投、150奪三振、登板25試合、勝率6割の7項目。岩隈は完投数(5)以外の6つをクリアした。詳細⇒

沢村賞に楽天の岩隈が初受賞
選考では、日本ハム・ダルビッシュ有投手とのダブル受賞を推す意見もあった。ダルビッシュは北京五輪で約3週間チームを離れながら、12球団最多の10完投をマークし、選考基準の7項目もすべてをクリアした。

 最終的には、5位に低迷したチームにあって、パ・リーグで23年ぶりの21勝を挙げた岩隈の奮闘が高く評価され、単独受賞が決まった。


《選考委員談話》


 土橋委員長「ダルビッシュは北京五輪に出なければ、違った数字になったかもしれないが、岩隈は20勝で防御率、勝率も1位。満場一致で決まった。(ダルビッシュの半分だった岩隈の)完投数については、完投できそうでも、次の登板を考え、野村監督が交代していた」

 堀内委員「ダルビッシュは選考基準すべてをクリアしたが、それがすべてではない。2人(ダブル受賞)ということを提案したが、やはり今年一番の投手、一番働いた投手を選ぼうというのが、選考委員会の総意だった」

 平松委員「ダルビッシュの成績は昨年とほぼ同じ。今年はその上の投手が出てきた。岩隈は楽天の65勝のうち21勝、約3割3分を占めた。受賞者は強いチームから選ばれることが多いが、岩隈は5位のチームで孤軍奮闘した」

 大野委員「岩隈は登板した28試合で21勝した。防御率も1点台。なかなかできない数字を挙げたことを評価した。ダルビッシュも頑張ったし、五輪に出場して、空白の期間もあったが、16勝と21勝の差は非常に大きい」

 村田委員「1試合で3本塁打される投手がいるなか、岩隈は年間を通して3本。与四球も少ない。逃げずにふさわしい成績を残した。ダルビッシュは勝ち星で及ばなかったが、来年、再来年と何度でも受賞できる逸材。期待している」

ひらめきプロフィール
ひらめきココリコ遠藤の野球天国
ひらめき@ぴあ記事
ひらめき“ガラスのエース”とは呼ばせない

  人気blogランキング




posted by pinknokonpeito at 20:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | 野球

2008年11月02日

エース対決

日本シリーズ第1戦。
新聞のタイトルが全てを物語っています。

2球の制球ミス…上原 援護なし105球
西武、接戦制し先勝 巨人は好機生かせず
西武・片岡、勝利導く美技

bbl0811012237029-p1.jpg

涌井8回1安打 上原に投げ勝った
「CSでダルにシュートで攻められた後、ウチの打線が崩れていた。次の投手のためにも、今日はその時みたいに相手にダメージを与えるような投球をしようと思って内角に厳しくいった」

上原、悔い残る2本目の一発
 伏線は、前の打席の死球だった。上原と鶴岡のバッテリーは中島に対して、第1打席から内角を意識させていた。中島が「ほんま勘違いするわ。軽く回転しただけで入る」と豪語する東京ドームでの対策だった。だが、2打席目の厳しいコースが死球となり、次打席の投球で厳しさを欠く結果を招いた。西山コーチは「前の打席でぶつけたために遠慮があったのだろう。それで外角で勝負するのは仕方ない。ただ、球種を変えてほしかった」と振り返る。

「理想の投球」西武・涌井、エースの仕事
西武黄金時代を築いた森監督は「日本シリーズは第2戦が重要」と語っていた。だが、渡辺監督は「(森監督は)『タヌキさん』だから。実は1戦目を重視していたよ」といたずらっぽく笑う。自身も森監督の下でシリーズ開幕戦に4度先発し、3勝0敗。

わーい(嬉しい顔)戦勝チームの優勝確率は62%、はたして今年はexclamation&question

  人気blogランキング




posted by pinknokonpeito at 14:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | 野球
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。